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2006.12.18

2個買った白菜を使い切るために

やまけんの出張食い倒れ日記: 白菜や大根、産地廃棄を「よくない! なんとかしたい!」と思うなら、、、一つだけ方法がある。

 今年は白菜が安いです。個人的には1/4切で100円きらないと「安い」と思えなくて、2,3年前は買い控え気味だったんですが、今年はありがたく買ってます。めんどくさいので連日鍋ですが(笑)
 で、それでも安すぎて農家の利益にならないので、産地廃棄という流れに関して。

食べきれなくても買うことによって支えられるものがあるのだ。家で腐ってしまった白菜は、でも産地で腐るよりも尊い。生産者にいくばくかのお金が渡るからだ。そして、「白菜一個売れた」という実績が、スーパーなどのPOSデータに残る。 10万人の消費者が、いつもより余計に白菜を1つ多く買えば、10万個の白菜消費になり、絶望していた市場が活性化する可能性がある。

 買って自宅で腐らせてしまっても、農家の収入にはなるのだから産地で廃棄処分となるよりはいい、という話。そんなに単純な話ではないにしても、一理ありますね。紀文こと紀伊国屋文左衛門のエピソードに似てるかも。

 ある夜、川端を歩いていた紀伊国屋文左衛門は、うっかりして小銭を川の中に落としてしまった。そこで文左衛門は松明を大量に買いつけると、それをともして川面をまるで昼間のように明るく照らさせた。さらに人足を大勢雇って川底をさらわせ、ようやく落とした小銭を見つけ出した。
 その話を聞いた町の人たちは、「大商人ともあろう者が、たった一つの小銭を拾うために何百両もかけるとは、なんと馬鹿げたことをしたものだ。」と文左衛門をあざ笑った。それに対して文左衛門はこう答えた。
「馬鹿なのはお前さんたちのほうだ。よく考えてごらん。川底に落ちた小銭は、そのままにしていれば誰にも使われることはない。いわば死んだ金だ。だが私が松明屋や人足頭に払った金は、まず彼らが使い、そこから広く世の中に使われるようになる、生きた金だ。商人ならば、自分の損得だけで世の中の金を「死んだ金」にするようなことはあってはならない。」

 江戸時代にあってすでに近代的な経済観念を持っていた文左衛門を称えるエピソードなんでしょうが、今の視点から読むと、単に広告費かけた一大パフォーマンスのような気も(笑)

 ともあれ、買って腐らせても、農家に利益がいったとはいえやっぱり「死んだ白菜」になっちゃうことは変わりがないので、できれば腐らせずに食べきりたいところです。やまけんさんは鍋と漬物をレシピとしてあげてらっしゃいますが、困ったことに私、漬物は苦手なんですよね。超浅漬けというか、塩もみして1両日くらいなら結構食べるんですが、発酵してきちゃうとどうも駄目で。なのでうちではとにかく火を通してかさを減らして一気消費するしか手がないのですが、それにもってこいのレシピをみつけました。紹介は次のエントリで。

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